このエントリを書くに至った背景についてはUKI氏のこの記事を読んでもらうとして、さておき、私自身(私だけの)のシストレのシステムが稼働してから1ヶ月が経過した。所感というか、感想を改めて書き残したい。

https://note.com/uki_profit/n/nc6c65ef65e83note.com

そもそもなぜシステマチックなトレードを始めるに至ったかであるが、繰り返しこのブログに書いている通り、トレードで収益を上げることと、マクロな政治・経済ニュースに感情を動かされることと、その二つを切り離したかったからである。

要するに、「高市ラリー」に乗りたくなかったのである。

去年の秋のことである。株価が上がって私の懐が暖まったら嬉しい。しかし、それが高市の「おかげ」であるとはミリも感じたくなかった。高市、ひいてはマクロな政治・経済ニュースと私のトレードの収益とを切り離すために、システムを組み始めた。それが去年の冬のことである。

年明け、かくして、トレーディングシステム〈聖杯〉が誕生した。続いて、春先に〈水晶玉〉が生まれた。これらはシステムではあるが、まだ手で発注していた。

まだ行ける。

やがて私はアルゴリズミックなデイトレを真剣に考え始めた。

そして記念すべき2026年6月12日、私のフルオート・デイトレードシステムがマーケットという海に漕ぎ出した! フルオート! 人手が介在できるのは緊急停止スイッチだけである。動き出したら止まらない。そんなシステムだ。最初はたった3つの戦略で動き始めたシステムだったが、1ヶ月の間に継ぎ足し継ぎ足しして、今日現在は11の戦略がシステムに搭載されている。

さておき。

6月12日から1ヶ月が経過した。勝ったり負けたりしている。

勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。

1ヶ月=20営業日、毎日トライアンドエラーを繰り返し、システムにバグを見つけては直し、見つけては直し、見つけては直し……。負けに不思議の負けなし。システムのバグが露呈すると必ず負ける。面白いくらい負ける。元よりギリギリで正の期待値なのであるのだから、ロジックから外れると即死するのだ。

「期待値」――ようやく、冒頭のUKI氏の記事のテーマである「サイエンス」に戻る。

私はトレードの結果を、というか、株の売買を「トレード」と呼んでいる時点で明らかではあるのだが、トレードの結果を統計の結果だと信じている。トレードの結果が統計の結果であるならば、とにかく数を稼ぐべきである。稼がなければならない。

「株はガチホ」、クソ食らえ! 経営者が掲げるストーリーなんてものをミリも信じていないし、ウォーレン・バフェットはポルノ・スター。フツ~の個人投資家が持てる株は、たかだか数十万円分、がんばって数百万円、背伸びして数千万。バフェットが大好きないわゆるバリュー株が眠るスタンダード市場の時価総額の中央値は82億円。それにいくらで「株主」になるんだって? 笑止!!!!! そういう理由から、マーケットでは株が売買されているが、株を持っているからと言って「俺は株主」なんて気分にならない方がいい(意味が無いから)し、「買って応援」するくらいならスポーツかアイドルかでも眺めていた方が全然健全。

ガチホでは数を稼げないのである。

数を稼ぐ、というのは、私自身の人生訓にも近く、青年期まではPDCAというよりPDDDだった私であるが、とにかく手を動かしてみる。まずは数を稼いでみる。数を重ねる中で死に覚える。生き返れる範囲で死んでみる。

まだ不安定なシステムも数を重ねることによって安定させられる(数を重ねることによって「のみ」安定させられる)と確信しているし、その先の収益化も可能であると確信している。

数を稼げ!

(おわり)